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  第1章


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Eric Mellema
www.nostredame.info

英日翻訳 ラリス 資子





5



闇夜に密かに書斎におりて、

青銅の床几にひとり静かに座れば、

孤独より立ちのぼるか細き火影は、

信じて徒ならざることをば語らしむ。

(高田勇・伊藤進訳『ノストラダムス 予言集』)




 白馬の群れが風とともに走り去り、その少し先でフラミンゴの群れが舞い上がり、そして再び舞い降りた。ミシェルは暇を見つけては、雌馬に乗りカマルグを駆けまわっていた。自然の広がるカマルグに安らぎを見出し、この地で英気を養っていたのだ。湖と沼が点在し水鳥の格好のすみかとなっている美しい田園地帯で馬を乗り回すことは、このうえもない楽しみであった。ミシェルは、ヒースの湿原を後にし、馬を砂丘に向けた。黒いコウノトリのような鳥がおっかなびっくり、そそくさと逃げ出した。ミシェルは砂丘の頂上で馬を止め、しばらく水平線に見入っていた。カマルグは地中海と二又に分かれるローヌ川はさまれた三角州で、島のような趣がある。長い年月をかけて堆積した川の沈殿物と潮の満ち引きによりその地形は常に形を変え、ここに来るたび、いつも何かしら新しい発見がある。この湿地に唯一人間が刻みえた印は、はるか昔ローマ時代につくられたまっすぐな道であった。ミシェルは広い砂浜に馬を乗り入れ、患者が残した印象を風に吹かれるままにぬぐい去ろうとしていた。遠くに一頭の雄牛の黒い姿が丘の陰に消えるのが見えた。ミシェルは、野生の雄牛の群れがいるかもしれないと馬を急がせた。その時、背後で速足の蹄の音が聞こえ、ミシェルが振り返ると、真黒な馬にまたがる女性の姿があった。赤いスカーフを身に付けたその女性は、挨拶もせずにミシェルの脇を通り過ぎ、砂丘へ走り去った。

彼女は何かを追いかけているようだ。調べてみよう。ミシェルは、馬に拍車をあて同じ方向に向かった。好奇心にかられたミシェルは砂丘の頂上からその強靭な女性のしていることをながめた。彼女は、狂ったように砂煙をあげて野生馬の群れを追っているようだ。カモメ、鵜や他の猛禽類の鳥が一斉に飛び去った。

 彼女は野生馬を追い集めているのだ! ミシェルは驚いた。彼女に手を貸してやったほうがいいだろう。ミシェルは砂丘を駆け下り、馬を速足で進めた。乱入者に驚いた数羽のフラミンゴは、プランクトンを口にしたまま、ひなに餌をやるのを止めた。

「すまんな」彼は愛想よく言った。湿地を越えると地面は乾いていたので、ミシェルは全速力で馬を走らせた。その間も男まさりのその女性は声をあげて、何かに取りつかれているかのように野生馬を追っていた。彼女のはるか頭上をこの騒ぎから安全な距離をおいて、白と黄色のサギの群れが隊列をなして、青空を舞っていた。ミシェルは、彼女が激しく追い立てている野生馬の位置を確かめながら、彼女に追いついた。馬の多くは右手に回って逃れようとしている。ミシェルはその行く手をさえぎった。彼女はミシェルに気づいたが、ミシェルを無視して馬を追い続けた。

 こんな生意気な女はこれまで見たことがないぞ、ミシェルは苦笑した。彼女は、まったく冷静に馬を乗りこなし、男っぽい気性とはうらはらに、均整のとれた身体つきをしていた。

 だが、女がズボンをはいているなんて! 馬を逃すまいと出来る限りのことをしようと、乗馬経験の浅いミシェルは四苦八苦していた。彼女は彼を無視し続けている。やぶに逃げ込もうとする馬もいたが、二人は追いもどしその機会を与えなかった。この野生馬とのかけひきは続いた。地面のでこぼこしたところに野生馬を追いつめようとした時、馬がよろめきミシェルが振り落とされるまでは。ミシェルの身体は地面に打ちつけられた。その騎馬兵のような女性は、ミシェルの具合を見に馬を近づけた。野生馬の群れは姿を消した。

「すまない、だいなしにしてしまって」ミシェルは言った。

「まったくだわ」彼女は馬を降りながら不満をもらした。彼女は落胆を隠そうともしなかった。

「怪我はない?」彼女は少し声を和らげてきいた。

「ないようだ」ミシェルは自分の身体を触って確かめた。「でも、あの馬をどこへ連れていこうとしていたのかい?」

「どこへも!」

「どこへも、だって? じゃあ、ぼくたちはどうしてこんなことしなきゃいけないんだい?」

「ぼくたち、ですって? わたしは手伝いを頼んだ覚えはないわ」たしかにその通りだった。ミシェルは自己紹介した。

「ぼくははミシェル・ド・ノートルダムだ。きみは?」

「アンヌ・ポンサルド・ジョメルよ。起き上がるのに手を貸してあげるわ」彼女はミシェルの手をしっかりつかんだ。

「きみは力があるね」アンヌの手を借りて立ちあがりながらミシェルはほめた。

「そうね。男性に怖がられることもよくあるわ」

「正直言って、君のようにたくましい女性には会ったことがないよ。ただ遊びであの野生馬を追いたてていたのかい?」

「そうよ。ここに来るのが好きなの」

「まったくまれにみる女性だ。ぼくは医者でサロン・ド・プロヴァンスに住んでいるのだが、きみはどこから来たのかい?」

「イステルのベルの沼の近くよ。あなたのことは聞いたことがあるって認めるわ、ノストラダムス先生」

「ミシェルと呼んでくれ。ちょっとこの辺りをまわらないかい?」

「いいわよ」二人は馬にまたがった。緑の広がるその一帯を馬でめぐる間に、少し打ち解けたアンヌはこのあたりのことを話し始めた。

「このあたりの森には時々クマが出るのよ」

「クマだって? ここでクマを見たことはないよ」ミッシェルはこっそりとアンヌの容姿をうかがっていた。そして、彼女は広い肩幅を除けば、実は女らしい身体つきをしていることに気づいた。その上、整った美しい顔立ちして、ゆたかな茶色がかった金髪が帽子からはみ出している。塩田にさしかかり、いまはすっかりリラックスしたアンヌは、実際に何羽かを指差しながら水鳥の話をした。二人はいっしょに過ごす時を楽しんでいた。ミシェルはもっと彼女のことを知りたかった。

「愛している人はいるのかい?」率直にふるまおうと決めたミシェルは聞いた。だが、それは率直過ぎた。

「ここでは塩がたくさん採れるの」アンヌは質問をかわして答えた。「きみのように若くて健康な人が独身のわけはないよね?」ミシェルは食い下がった。

「わたしは未亡人なの」アンヌが気にさわったように答えたので、ミシェルはしばらく黙っていた。やがて彼らは海岸に出て、海岸沿いをイステルに向かって馬を進めた。

「未亡人になって長いのかい?」しばらく間をおいて注意深くミシェルはきいた。

「三年近くになるわ」

 ちょうどいいタイミングだ、ミシェルは思った。アンヌの家に着くとミシェルは彼女を夕食に招待した。アンヌは招待に応じ、二人は時間を決めた。


 女中は家中をちりひとつなく掃除し、ミシェルは台所で自ら食事のしたくをしていた。午後には準備万端整い、ミシェルは一張羅に着替えてアンヌを待った。ようやくノックの音が聞こえ、ミシェルは緊張しつつドアを開けた。

「ごきげんよう、ポンザルト・ジャメルさん」

「あら、わたしたちは名前を呼び合う仲だと思っていたけど」アンヌはきまり悪そうにドアのところに立ち止まって答えた。彼女はこの前と同じ服を着ていた。

 エレガントとは言えないな、ミシェルは少しがっかりし、居心地が悪かった。

「ぼくは気張り過ぎたね。とにかく中に入ってくれ」アンヌが居間に入ってくるとミシェルは彼女の香りに気づいた。いい匂いだ、それに少なくとも彼女の服は洗いたてだ。

「ミシェル、あなたの料理の腕前がそこそこだといいのだけれど」
「ぼくの料理の腕前を疑うのならすぐにでも手伝ってくれ。きみはまだ普段着を着ているし」ミシェルははっきりと言った。ミシェルは彼女をリラックスさせるコツを心得ているようである、アンヌは驚いた。

「ぼくはもっと楽な服に着替えてくるから、台所に行って、ぼくが用意しておいたものを見てごらん」ミシェルは階段を上っていった。アンヌは台所へ行って、あたりを見回した。カウンターにはいろいろな野菜、チーズ、魚、卵そしてパイ生地がのっている。カウンターの上の棚には、たくさんの香辛料が並んでいた。そして、戸棚の中に干しキノコの容器があり、ママレードの容器が幾列も並んでいた。容器についたラベルによれば、それぞれ違った果物から作られているようだ。かまどの炎の上には赤々と熱した鉄板が使うばかりになっていた。

 まあ、ずいぶん本格的だわ、アンヌは気づいた。ミシェルのことを見くびっていたわ。そこへ普段着に着替えたミシェルが紙の束を手に戻ってきた。

「見てごらん、ぼくが書いた『化粧品とジャム論』だ。これはおいしい料理の作り方を知りたい人にはお勧めするよ」

「あなた、お料理の本も書いたの?」

「まだ、出版されていないがね。さて、仕事にかかろう。あそこにパイ生地がある。刷毛でとき卵を塗ってゴマを振りかけてくれないか? ぼくは、鉄板に油をぬるから」二人は料理をしながら自分たちのこれまでの人生について語り合った。

「亡くなった奥さんのことがまだ恋しいのかしら」しばらくしてアンヌがきいた。

「そうだね、時々は。彼女のことはいつまでも忘れないよ。アンヌ、クリームチーズをそっとかき混ぜて、刻んだケーパーを入れてくれないか?」

「これがケーパーなの?」

「家事の女王っていうわけじゃないようだね?」その間にもミシェルはパイを黄金色に焼き上げ、野菜の入ったチーズソースをかけた。ミシェルがその上にスモークサーモンの小片をのせ、さらにさっくりと焼き上がったパイ皮をかぶせるのをアンヌはうっとりと見ていた。

「できあがりだ。テーブルにつこう」

「こんなお料理は今まで見たこともないわ」アンヌは目を丸くして言った。

「神技だろ?」ミシェルは笑みを浮かべて皿を運んだ。食堂のテーブルにつくと、ミシェルはワインを注いだ。

「すごくおいしいわ」アンヌが言った。「あなたのことを過小評価していて、ごめんなさいね」

「ありがとう。ところできみは乗馬がうまいね。それにいい馬を持っているし。お金持ちみたいだけど」

「主人が製塩工場を持っていたのよ」

「ああ、それでカマルグを馬で回っていた時に塩の話をしていたのだね。工場は儲かっていたのだろう?」

「ええ、とっても儲かっていたわ。塩はいろいろな国に輸出されているし、カマルグはヨーロッパで一番大きな塩田地帯なのよ。わたしの主人、ジャックは、自分の工場で事故にあって亡くなったの。それで工場を手放した方がいいと思ったのよ」

「それは、つらかったろう」

「このスツールはいったいなんなの?」部屋の隅にある奇妙な椅子を見ながらアンヌはきいた。ミシェルは立ちあがり、銅の三本脚のスツールを取り上げた。

「超自然現象のための道具で、瞑想に使っているんだ」

「あなたっておかしな人ね」アンヌは笑った。突然、その隅にどこからともなく炎があがり、すぐに消えた。

「なんてこった!」ミシェルは叫んだ。

「いったい何だったの?」アンヌは驚いてきいた。

「ぼくにもわからない。まるで魔法のようだった……」二人は考えこんでしまったが、しばらくして再び食べ始めた。

「手伝ってくれるかい? ポテトパイを作ろう」前菜を食べ終えるとミシェルはきいた。そして二人は台所に戻った。半時もすると、湯気のあがるメインディッシュがテーブルの上にのった。

「ご主人のためによく料理していたのかい?」料理にナツメグを振りかけながらミシェルがきいた。

「ほとんどしなかったわ。わたしは、お料理をするにはそそっかしすぎると思うのよ。でも、料理を覚えられないというわけではないわ」

「よければ、そのうち料理の秘訣を教えてあげよう」ミシェルは提案した。二人はポテトパイを食べ終えたが、ミシェルは、桃にクリームとアーモンドのスライスをのせたおいしいデザートも用意していた。

「もしわたしを感心させようとしているなら大成功よ」デザートの味見をしたアンヌは言った。食事の後、二人はテーブルを片付け、台所で仲良く皿を洗った。

「そこにあるママレードの瓶はきれいね」乾いたコップをしまいながらアンヌは言った。

「あれはジャムだよ。細かい皮が入っているのがママレードで、ジャムには入っていない」ミシェルが説明した。

「あら、知らなかったわ。どうやって作るの?」

「洗って乾かしてから、砂糖を加えて煮るんだ」

「そんなに簡単なの?」ミシェルはうなずいた。

「わたしは女としてもっと修行を積まないといけないようね」アンヌが言った。

「きみはそのままでいいよ」二人はきれいに片付いた台所を後にした。

「とっても楽しかったわ。でももう帰らないと」アンヌがとうとう言った。

「もしきみさえよければ、泊っていったらどうだい? きみの家までは遠いし、一時間もすると暗くなるだろう」アンヌは礼を言ったが、自分の馬ならば三十分で家につけるからとミシェルの申し出をことわった。玄関口で、思いがけず、アンヌはミシェルの口にキスし、ミシェルが立ち直る隙も与えず去っていった。微笑みながらミシェルは居間に戻り、不思議な炎があらわれた隅に目をやった。そしてしばらくの間、二人で過ごした心地よい時を思い返していた。そして、夢見心地で階段を上ると、幸せな気分で床についた。


 険しく切り立つ山が影のように輪郭だけを見せていた。開いた萼(がく)のように見えるその山頂の端にまさに風に乗って走りだそうとしている船のような形をした城が建っていた。その少し下あたり、天と地をつないでいるかのような城へと続く岩場を、一人の男が登っている。やがて男は城門に達し、衛兵に近づいた

「ノストラダムス、とうとうきたか」ちょうど守衛についたばかりの光の輪を頭にいただいた若い衛兵が呼びかけた。ミシェルは何と答えたらいいのかわからなかった。衛兵はミシェルの当惑を見てとった。

「おまえは高次元の意識に到達したのだ。おまえにふさわしい女性に巡り合ったのだ」衛兵はミシェルに説明した。

「なぜそれがわかる?」

「おまえは彼女によって悟りを開いた!」ミシェルがそれを理解するのにしばらくかかった。

「しかし、どうしてわたしのことを知っているのだ」やがてミシェルはきいた。

「我々は地上のおまえのことをしばらく観察していたのだ」トリスタンという名のその衛兵は答えた。

「おまえの魂がこの高みに順応したとき、おまえは光の兄弟の一員となる。いと高きところに神の栄光を。さあ、立ち止まらずにわたしについてきなさい。ちょうどマニソラの支度をしているところだから見せてやろう」二人は城の中に入った。城は、太陽の位置を考慮して設計され、たくさんの部屋と廊下があった。来たる祭礼に備える大勢の半透明の人々の一団を二人は通り過ぎた。

「ドルイド・ルームを見てごらん。花でいっぱいだ」あたりの人ごみを見まわしながら、トリスタンが言った。「友人におまえを紹介したいのだが、いまのところだれも見当たらない」

「ここにいる者はすべて、わたしのように悟りを開いた者たちなのか?」ミシェルはたずねた。

「いや、この者たちは召使いだ。わたしやおまえのような者は少ない」トリスタンは通りかかった一人を呼び止めた。「イゾラはどこだ?」

「わたしは存じませんが」通りがかりの者は答えた。

「もし、イゾラを見かけたら、特別な客人が来ていると伝えてくれ。それと晩餐の準備に手伝いが必要だ」それから二人は、主室に向かって歩いて行った。そこには花で飾られた大きな丸いテーブルに飲み物と軽食が用意されていた。司祭が祭の準備がすべて順調に進んでいるか確かめていた。

「ここにいるとモンセギュールのカタリ最後の城塞を思いだすな」ミシェルは言った。

「そのものさ」トリスタンは同意した。

「ということは、ここにいる者たちは、まもなく十字軍に虐殺されるということか?」ミシェルはきいた。

「そんなことはない。おまえは紀元十二世紀にいるわけではない。ここには、時は存在しない。我々の祭礼と伝道に終わりはない。ここは安全だよ。イゾラがいたぞ!」長い金髪の天使のような女性が雑踏のなかから現れた。その神々しい女性は清らかさを絵に描いたようであった。

「イゾラ、ノストラダムスを紹介しよう」

「清浄な魂を持った方にお会いできて、なんて素晴らしいことでしょう」イゾラは言った。その後、トリスタンはさらにあたりを案内した。二人はモザイクの床が印象的なオクシタン・ルームに入った。部屋の中央には、鳩の乗った三日月をいただき、足元にはリンゴをくわえた蛇がとぐろを巻くマグダナのマリアの像が飾られていた。ミシェルがその像に心を奪われているあいだにも、ラズベリー、ブラックベリー、カラントなどの果物が入ったボールを運ぶ信者がその脇を通り過ぎていった。トリスタンとミシェルは外に出て、城を囲むテラスでピレネー山麓の丘陵を眺めながら、祭が始まるのを待っていた。

「ここにはヨーロッパ全土から人が集まっているようだが、彼らはみんなカタリ教徒なのか?」ミシェルがたずねた。

「どちらかといえば、グノーシスの集まりだ」トリスタンは答えた。「グノーシスは、カソリックも、プロテスタントも、ユダヤ教徒も、いかなる宗教の信者も受け入れている。無神論者をも手を拡げて迎え入れる」トリスタンは教えた。

「それが別に問題にはならないようだな」

「ここではね、しかし、我々の自由で崇高なものの考え方は、脅威ととられることもある、それが最後の公然のグノーシスが虐殺された理由だ。しかし、それは肉体が滅ぼされただけのことだ」

「なぜ、彼らは逃げなかったのだ?」ミシェルはきいた。

「大昔に我々の先祖は、山の頂に至ったならば、十字軍に殺されることも潔とする神聖な誓いをたてたのだ。解放された魂は神が最も純粋な形で姿を見せる天の高みに召されることを知っていたからだ」

「わたしなら生き延びることを選ぶであろう」

「皆が同じではないからな。その自己犠牲はこの永遠の地をつくることを意味していたのだ。人に見られずに我々が聖なる営みを営める地だ。彼らの犠牲失くしては実現できなかっただろう」

「自己犠牲とはあまりに過大な要求ではないか?」

「選択は個人の自由だった。そして、わたし自身この世の出来事には惑わされまいと誓っている。行こう、いずれにせよ、祭が始まるようだ」二人は主室に戻った。そこには何百人もの信者と新入信者がすでに待っていた。

「あそこに男がいるだろう?」トリスタンは言った。「パルジファルだ。驚くべき男だ。おまえに紹介しよう」二人は英雄然とした男に近づいた。

「初めて聖杯城に来たのか?」パルジファルがたずねた。

「そうです。わたしには思いもよらぬことばかりです」ミシェルは認めた。

「わたしも初めは、何もわからず無知のまま、この城を後にした」

「では、その後に悟りを開かれたのですね」

「そうだ、しかし、そのためにはいばらの道を歩まねばならなかった」

「あなたは騎士道時代の方ですが」ミシェルは続けた。「その時代には、みんなが聖杯を探していましたが、見つけた者はいたのでしょうか?」

「たくさんの者が見つけたよ。聖杯とは、神が天地を創造された際にその素を混ぜたところの象徴だ。永遠の生命を得るには、模索する魂はこの世にあふれる矛盾をしのぐ道を勝ち得なければならぬ」

「聖杯は実存するのでしょうか?」

「見ていてごらん」パルジファルは笑みを浮かべた。円形のテーブルについていた一人の高僧が皆に注意を促し、立ち上がって演説を始めた。

「本日、我々は、神の子、イエス・キリストと彼の妻でありイシスの女神の巫女であるマグダレンのマリアを奉り、ミニソラを祝う。この祝いは、イエスが聖杯から生命の聖水をお飲みになられた最後の晩餐をしのぶものだ。イエスが処刑されたのち、アリマタヤのユセフがイエスの聖なる血をまさにその聖杯に集めた。それを召使いがマグダレンのマリアに手渡し、マリアはそれを持って旅に出た。彼女はイエスの子を身ごもっており、その子の安全をはかるためにフランスへと移ったのだ。そして、このモンセギュールで子を産んだ。したがって、我々カタリはイエス・キリストの子孫なのだ。イエス・キリストとマグダレンのマリアを生んだエッセネ文化の遺産の守り手なのだ。後にマグダレンのマリアはラングドックに秘教学校を開いた。彼女が訪れたところにはいずこにも癒しの泉が湧いた。我々は何世紀にもわたってミニソラを祝ってきたが、今年は特別である。主の自らの力によって、その霊魂が我々のもとにもたらされた。この喜ばしき祝いに際して、われわれは聖杯を取り出し、聖水を用意した。この聖杯から聖水を飲むことにより神に近づくことができるのだ」召使いが司祭に液体の満ちた聖杯を手渡した。

「ノストラダムス、前に出てきたまえ」彼はミシェルを呼んだ。ミシェルは当惑しながらも円形のテーブルに歩み寄った。

「汝は、地上での光の標である。汝の使命を全うするべく汝に力と知恵があらんことを」司祭は続け、ミシェルに聖杯を渡した。ミシェルは聖杯から聖水を飲んだ。するとミシェルの身体に力がみなぎった。

「ノストラダムスに幸あれ!」部屋にいた全員が喝采を送った。

「さて、それでは祭を始めようではないか」司祭は演説を終えた。ハープ奏者が天上の調べを奏で始め、祭の参列者は飾り付けられた部屋のそこかしこに散り、用意されたごちそうに舌づつみをうった。静けさを求めて、テラスに出る者もあった。天候にも恵まれ、素晴らしい時が過ぎていった。

 その夜ふけ、突然、衛兵の鳴らす警鐘が響いた。城は十字軍の奇襲を受け包囲されていた。見張りに立っていた兵士に矢の雨が降りかかった。パニックが起こり、だれも命令を下すものがいないまま信者たちはあらゆる方向に逃げ惑っていた。我が身の定めを受け入れ降伏しようとひざまずいている司祭につまずく者までいた。数人の高僧は、衛兵を引き連れパルジファルとトリスタンのもとに走り寄った。

「我々はそなたたちに信仰を伝えて欲しい。急ぐのだ、逃げ道がある!」

「しかし、我々は永遠にこの城にとどまると誓いをたてているのだ」パルジファルとトリスタンは抗った。高僧たちは、切迫した面持ちで、信仰の存続の重要性を説いた。民衆の利益が最優先だ。重圧と混乱状況のもと、パルジファルとトリスタンはしぶしぶと同意した。ミシェルは自分が呼ばれるまでその様子を見ていた。

「彼らと一緒に行くのだ。そなたにも重要なる役目がある。そなたは、人類の鏡を掲げるのだ。しからば人類は彼らに起こる出来事を知ることができ、彼らは目を開いて光を見ることができるのだ」ミシェルはどうしていいかわからず、同意するしかなかった。高僧は衛兵隊長に彼らを先導し、必要であればその後ろを障害物でふさぐよう命令した。

「ごきげんよう。我々のことを後世に伝えてくれ」高僧は、彼らを見据えて別れを告げた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

「急ぐのだ。無駄にする時間はないぞ」衛兵は言うと彼らを離れたところへ引き連れていった。そのとき、大きな衝撃音が城をその土台から揺さぶった。十字軍がホールに侵入し、カタリの兵士は大急ぎで主室への出入り口を固く閉ざした。その外は十字軍に占領され、残された信者たちは最後の一人にいたるまで虐殺された。その間も、衛兵は選ばれた三人をヒマラヤスギの細工が施され、目を見張るほど美しい踊り場へ案内した。衛兵はそこで立ち止まり、いろいろなひし形の羽目板がはめ込まれた壁の継ぎ目を細心の注意を払って指でなぞりながら調べた。そして、一つのひし形で手を止めて押した。すると羽目板が開き秘密の通路が現れた。

「中に入れ」衛兵が命令した。トリスタン、パルジファル、ミシェルの三人は人が這い入るだけの大きさしかない秘密の穴に、飛び込んだ。衛兵がその後に続き、ひし形の羽目板を閉め、漆喰を塗って外から見えないようにした。衛兵がランプを灯すと、狭い通路が見えた。

「急ぐのだ。我々には時間がない」彼は言い、三人は急いで通路を進んだ。

「この通路の終わりで、左に曲れ」数分後、彼はささやいた。その通路は行き止まりだった。穴が開いた人の高さほどの球状の物体が見えた。城の回りの戦いが聞こえ、トリスタンは、一瞬、立ち止まり、じっと聞き入った。

「ここに入れ」トリスタンのためらいを見た衛兵は、確固たる態度で命じた。三人は従順に、脱出のしかけらしいその球状の物体に乗り込んだが、これからなにが起こるのかまったく想像できなかった。そのしかけは小枝と動物の皮でできていて、三人の男にちょうどいい大きさであった。三人はそれぞれの場所を見つけ座った。

「身体を支える手すりと足掛かりがあるぞ」衛兵は言った。三人が席に着くやいなや、衛兵はゆっくりとカプセルを動かし始めた。球は自力で転がりはじめ、地下トンネルはすぐに垂直なトラックとなった。球はその乗客を乗せたまま数秒間に数百メートルの速度で垂直に落下し、地面らしきものにぶつかって着地し、急速度で転がり始めた。ミシェルは意識を失い、回復できなかった。トワイライト・ゾーンでは時が飛ぶように過ぎ、すべてがそこにあった。いやそれとも時が止まり、何もなかったのか? トンネルの先には光があった。信じられないほどの数の形状と少なくともそれと同数の色があった。

「わたしはここにいるわ」ミシェルはだれかが言うのをきいた。弱々しく目を開けてみると、驚いたことにそこにはアンヌの顔があった。上下逆さで、彼女の茶色っぽい金髪が彼の鼻のすぐ上に下がっていた。

「あなたのことずっと抱きしめていたのよ」彼女は心配そうに続けた。「あなたは、凍りそうなほど冷たかったので死んでいるのかと思ったわ」ミシェルは自分のことをつねってみた。彼は地上に戻ってきていた。

「きみはどうして……」しかしミシェルには言葉を続ける力がなかった。アンヌは彼の質問を察して説明した。

「家で、夜中に突然目が覚めて、あなたが是が非でも私の助けを必要としていると虫の知らせがあったの。それですぐに厩から馬を出して乗りつけたのよ。わたしが寝室に駆けこんでみるとあなたがベッドの脇に身動きもせずに倒れていたので、間に合わなかったのかと心配したわ。でも、あなたはまだ生きていたの。よかったわ。それから、あなたをベッドに引きずり戻して、普通の体温に戻るまで身体を温めていたのよ」

「アンヌ、なんてお礼を……」しかし、アンヌはミシェルの唇に指をあててさえぎった。

「お礼を言う必要なんてないわ」そして、アンヌはミシェルにキスをした。

 彼女はまさにぼくにふさわしい女性だ、ミシェルは深く心を動かされ、喜びの涙が目にあふれた。そして、優しく彼女に触れるとミシェルの心をおおっていた鉄の鎧が溶けだした。長い間の苦悩が一瞬にして消え、彼の心は恍惚となった。

「ぼくと結婚してくれ」ミシェルは喜びにあふれて言った。アンヌは満面に笑みをたたえすぐに承諾した。

 男と女の愛、最も美しい愛がそこにあり、歓喜がミシェルの身体を貫いた。二人は互いの腕の中で眠りについた。


 翌朝遅く、ミシェルは目覚め、ベッドにたった一人で寝ていることに気づいた。ミシェルは飛び起きて、腰に布を巻くと階下へ降りて行った。

「アンヌ、まだいるのかい?」

「ええ、わたしはここよ!」ミシェルが台所に行ってみると、驚いたことに引き出しがすべて開いていて、鍋があたりに散乱していた。

「何か食べたかったのよ」ボールを手にしたアンヌは説明した。「あら身体をおおわなくてもいいわよ。裸の男の人を見たことがないわけじゃないから」彼女は食べ続けた。ミシェルはまっすぐ前を見つめていた。

「ぼくのトリュフも食べてしまったのか?」ようやくミシェルは言った。

「ちょっとかび臭い黒い物のこと?」

「そうだ、その黒い物は同じ重さの金と同じ価値があるのだよ、その上なかなか手に入らないのだ」

「あら、ごめんなさい。知らなかったのよ」

「気にしないでくれ、新しいのを見つけるから」彼女は本当にぼくにふさわしい女性だろうか? なんでも食べてしまう女性が! ミシェルはいまいましく思った。

「何か言った?」

「いや、何も」ミシェルは損害の調査に乗り出した。




第6章